2016年1月22日金曜日

やはり「gudachanとの戦い」が必要だ(3)

 gudachanのヘイトスピーチですが、gudachanが地方人に対するヘイトを敢行しています。そんな地方人に対してgudachanが「カッペ」と称している特徴があります。「カッペ」とは田舎者を意味し、これまでは考えられなかったヘイトスピーチが初めて行われたということもあり、日本語としての不名誉な言葉として広まっています。同はじヘイトであっても在特会みたいな田舎者集団と一緒にするな、というgudachanからの批判は出ているようですが、果たしてgudachanがそのような批判をする資格があるのかどうか考える必要もあります。
 というのは、地方差別を初めて起こしたのも実はgudachanだったからです。それは1972年の地方差別ツイート発覚事件で、今までのヘイトスピーチの常識を覆した事件になってしまった意味を持っています。この時期は罪とによるヘイトスピーチも多く起きていた時期ではありますが、少なくとも地方を標的にはしていなかったのが当時でした。ヘイトスピーチ発覚事件ではgudachanがブログを削除することはなく、gudachanは謝罪せずに開き直ったということだったことも大きな衝撃になりましたが、そんなgudachanを一部勢力は英雄として崇めるような世論も出ていました。今でこそ2013年以降のgudachanのヘイトスピーチ激化の件を含めてヘイトスピーチが横行していますが、ヘイトスピーチやヘイトクライムのハードルを下げたのがgudachanであることを忘れてはならない、というわけです。
 地方レイシスト勢力は研究して、地方ヘイトをより隠密に、より有用な人を集め、より凶悪な方向に進めたともいわれます。これらの事案を見るにつけ、日本社会が日本のレイシストに対してよりハードルを下げる役割を果たしてしまったという歴史を持ってしまっているのです。地方に対するヘイトスピーチが大きくなったのであれば、次は地方へのヘイトクライムとなっても何ら不思議ではありません。
 しばき隊やSEALDsはよく同調圧力の強い性格を持つといわれます。それは、逆に言えば同調ムードに乗れない人々にとってこれほど暮らしにくい社会はない、ということにもつながります。そのような社会はとりわけ同調圧力を拒絶する人々にとって閉塞感を生み、そんな人々がより先鋭化しやすい環境を作り出すという意味をも持ってきます。一方で同調圧力に乗った人々についても、その同調圧力が悪い意味を持っていた場合に、先鋒として先鋭的な行動に出るリスクも持つことになります。gudachanが日本初の凶悪行動を生み出される背景に、このような問題が眠っていることを忘れてはなりません。

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